浄土宗とは
■ 浄土宗の開祖
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法然上人像 (知恩院蔵) (1133年〜1212年)
(ほうねんしょうにん) |
■ 浄土宗の御本尊
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阿弥陀如来
(あみだにょらい) |
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■ 本尊唱名(御真言)
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
■ 浄土宗の経典
仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)
仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)
仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)
一枚起請文(いちまいきしょうもん)
■ 浄土宗の歴史
法然は、比叡山で長きにわたり真理を求め、1175年、43歳の時に善導が著した『観経疏』の「一心に専ら弥陀の名号を念じて、行住坐臥に時節の久近を問わず、念々に捨てざる、これを正定の業と名づく。彼の仏の願に順ずるが故に」という文章によって、専修念仏(ひたすら念仏をする)に到達。ここに、性別・貴賎を問わず、どんな凡夫でも、阿弥陀如来の本願を信じてひたすら念仏を唱えれば、必ず極楽浄土に往生できるという教えを掲げる浄土宗が開宗しました。この「ひたすら念仏を唱えれば、必ず極楽浄土に往生できる」という教えはまたたく間に広まりました。
しかし南都奈良仏教や比叡山など既成宗派より伝統的な仏教を否定するものとして弾圧を受け讃岐に流罪になります。後に赦免され京都に戻り「一枚起請文」を最後の教えとして80歳で知恩院にて入寂します。
法然の死後、弟子達によって浄土宗はさらに広まってゆきました。
■ 浄土宗総本山 知恩院
京都市東山区にある浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山(かちょうざん)。ご本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基は法然。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは、江戸時代以降である。将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」と呼ばれています。
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知恩院
(ちおんいん) |
■ 浄土宗の七大本山
増上寺(東京都)
金戒光明寺(京都府)
百万遍知恩寺(京都府)
清浄華院(京都府)
善導寺(福岡県)
光明寺(神奈川県)
善光寺大本願(長野県)
浄土宗の葬儀
■ 浄土宗の葬儀
浄土宗の葬儀は死者を仏の弟子とみなして、阿弥陀仏の本願により極楽浄土に往生することを教え導く事であります。浄土宗の通常の法要は
序分(仏様をお迎えする)
正宗分(仏様を供養し、念仏に励む)
流通分(仏様をお送りする)
の三つから構成されます。
■ 浄土宗の葬儀でのお焼香
浄土宗では、お焼香回数は、「1・2・3回いずれでも良く、1回の時には、迷うことのない一心不乱、2回の時は、戒香(戒律)と定香(禅定)を表わし、3回は三世(現代・過去・未来)の諸仏に捧げる意味、また三毒煩悩(貪欲・瞋恚・愚痴)を焼き尽くす意味を表わすとされています。
ルネッサンス・浄土宗 名前の由来
ルネッサンスとはフランス語で直訳すると「再生(Renaissance)」。文化を復興しようとする歴史的・文化的運動を意味します。寺院には数百年の歴史があり、冠婚葬祭関連以外にも昔は様々な役目を負っていました。寺子屋という学校としての役割、加持・祈祷によって病気を治す病院という役割、その地域で亡くなる方がいれば遺族のケアというカウンセラーという役割等。いわばその地域の文化の中心であり、僧侶はその地域の先生であり知識人でありました。日本文化の核としての役割をもつ寺院の価値を再認識するため、ルネッサンスという名前をつけました。
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