浄土宗の起源と歴史
仏教に登場する諸仏は、それぞれの浄土を持っています。その中で、もっとも人気のある浄土は、阿弥陀如来の西方極楽浄土でしょう。そのため、浄土教(浄土についての教え)というと、もっぱら阿弥陀信仰を指すようになりました。
西北インドから中央アジアで盛んになった浄土教(阿弥陀信仰)は、中国に伝わり、慧遠(334−416)、曇鸞(476−542)、道綽(562−645)、善導(613−681)らによって発展を遂げます。ことに善導は、「南無阿弥陀仏」と声に出して唱えることこそが念仏であると明確に打ち出し、後世に大きな影響を与えることになります。
飛鳥時代に遣隋使の僧侶によって日本にもたらされた浄土教は、平安時代に入り、比叡山を中心に大いに発展します。比叡山ではもちろんですが、全国を渡り歩き念仏の教えを広めた空也(903−972)、念仏による浄土往生の思想をまとめた『往生要集』を著した源信(942−1017)などにより、浄土教は貴族や庶民にまで広まりました。
こうして日本に普及しつつあった浄土教を確固たるものにした人物が、法然(1133−1212)です。法然は、比叡山で長きにわたり真理を求め、承安五年(1175)、善導が著した『観経疏』の「一心に専ら弥陀の名号を念じて、行住坐臥に時節の久近を問わず、念々に捨てざる、これを正定の業と名づく。彼の仏の願に順ずるが故に」という文章によって、専修念仏(ひたすら念仏をする)に到達。ここに、性別・貴賎を問わず、どんな凡夫でも、阿弥陀如来の本願を信じてひたすら念仏を唱えれば、必ず極楽浄土に往生できるという教えを掲げる浄土宗が立てられました。
現在、一般的に浄土宗と呼ばれるのは、法然の弟子弁長(1162−1238)の流れを汲む鎮西派を指し、その他に法然の長年の弟子証空(1177−1247)の流れを汲む西山派(西山浄土宗・浄土宗西山禅林寺派・浄土宗西山深草派)があります。浄土宗の総本山は知恩院(京都府)、大本山として増上寺(東京都)、金戒光明寺(京都府)、百万遍知恩寺(京都府)、清浄華院(京都府)、善導寺(福岡県)、光明寺(神奈川県)、善光寺大本願(長野県)があります。西山派の総本山はそれぞれ、西山浄土宗が粟生光明寺(京都府)、西山禅林寺派が永観堂禅林寺(京都府)、西山深草派が誓願寺(京都府)です。
浄土宗は『無量寿経』、『観無量寿経』、『阿弥陀経』の浄土三部経をよりどころとし、本尊は阿弥陀如来。浄土宗寺院では、阿弥陀如来の右側に勢至菩薩、左側に観音菩薩をまつることが多く、勢至菩薩は智慧を、観音菩薩は慈悲を表します。また、本尊を安置する須弥壇の両脇には、向って右に善導、左に法然の像を安置する場合が多く見られます。
![]() |
| 知恩院山門(国宝) (ちおんいんさんもん) |